■特別講演■ | |
福井佑介(京都大学) | |
「図書館史研究の中の現代史:図書館観と規範から」 | |
「図書館」は,どのような存在として認識されているのであろうか。「図書館」には何が期待され,「図書館」はどうあるべきなのであろうか。これらの問いは,「図書館」に関する社会的な意義や,実務の原則および方針,社会的なまなざしを探究することを意味するだけではなく,図書館史研究という試み自体と深く関係してきた。本報告では,思想と規範を軸に,公立図書館の歴史を学術的に理解していくということについて考えていきたい。 まず,現代的な図書館現象に対する認識の枠組みを提示したり,図書館史研究の研究史を踏まえて,研究の枠組みの展開や現代史の位置付けを確認したりする。これらを通じて,図書館に関する認識や規範が,いかにして図書館史研究の枠組みを規定してきたのか,あるいは,規定し得るのかを検討する。 その上で,「現在」に直結する現代史の範囲においてさえ,同時代的な図書館観の相違が顕著であったり,「現在」とは考え方が全く異なる部分があったりしたことや,いかにして「現在」的な在り方が形成されたのかということについて,近著である『図書館の社会的責任と中立性:戦後社会の中の図書館界と「図書館の自由に関する宣言」』(松籟社,2022年)での研究を題材に理解を深める。そこでは,公立図書館観の多様性や,方針の対立,規範的な宣言に向けられた期待の重層性を扱う。あわせて,同書とは異なる分析視角から展開できる研究の方向性についても検討する。 |
■個人発表■ | |
■発表1 | 佐々木奈三江(徳島大学附属図書館) |
「徳島大学附属図書館における貴重資料公開の歩み:目録作成からデジタルアーカイブまで」 | |
徳島大学附属図書館(以下「当館」)は,貴重資料として2つのコレクション「蜂須賀家家臣成立書并系図」,「近世古地図・絵図コレクション」を有している。これらは,江戸時代に阿波(徳島県)と淡路(兵庫県淡路島)の両国を支配していた徳島藩及び蜂須賀家ゆかりの資料を中心とした資料群である。その収蔵にあたっては,地域の史料を散逸させてはならないという大学教員らの尽力があったことが伝えられている。当館では,これら貴重資料の保存と公開を両立するため,その時々で最適と思われる技術を駆使し,メディア(媒体)を更新し利用に供してきた。現在は,当館ホームページで3つのデータベース「蜂須賀家家臣団家譜史料データベース」,「近世古地図・絵図コレクション高精細デジタルアーカイブ」,「伊能図学習システム」を公開している。それぞれ教員と連携し,学術的研究に堪える品質を目指して作成・構築してきたもので,その結果,学術研究のみならず,地域の人々の調査研究や商業出版物への掲載など広く活用されている。 本発表では,2つのコレクションの特徴・来歴とメディア変換の歴史を紹介するとともに,オープンデータ化が進展する現代において,図書館がデジタルアーカイブを構築する意義と課題について考えたい。 | |
■発表2 | 村上孝弘(龍谷大学図書館) |
「大学図書館近代化期の大学図書館の管理運営論の展開と限界」 | |
大学図書館近代化期(昭和30年代後期〜昭和40年代)は,戦後の教育改革の中で,大学図書館の存在意義があらためて認識された時期である。日本学術会議から内閣総理大臣に対し,大学図書館に関する勧告が二度にわたり提出されたのもこの時期である。教育的観点からいえば,単位制度や指定図書制度を通して図書館の課題が大きく議論された。また管理運営の観点からは,「大学教育の改善について(答申)」(中央教育審議会)を受けて発足した大学基準等研究協議会の中に図書館特別部会が設けられ,大学図書館の組織のあり方が大きく議論された。さらに,この時期に視学委員を範とした大学図書館視察委員制度が設けられたことは,その後の自己点検や認証評価の先鞭として大きな意義を有する。 戦後の高等教育政策が大きく転換されるのは,大学設置基準の大綱化を端緒とした平成年代以降であるが,その四半世紀以前から大学図書館においては,管理運営の課題に焦点をあてた様々な施策が実施されていた。しかし,当時の大学図書館のこれらの先進的な取り組みは,現代では看過されることが多い。 本研究では,当時の大学図書館の管理運営論の展開を把握し,現代に通ずる意義を明らかにするとともに,現代の大学図書館の諸課題へ継続する視点を共有することにより,その対応への糸口を繙く契機としたい。 | |
■発表3 | 奥泉和久(元横浜女子短期大学図書館) |
「図書館の現代をどう表現するか その課題と展望」 | |
2021年3月,日本図書館協会の125年周年に『日本の図書館の歩み:1993-2017』が刊行された。編集委員会は2017年に発足し,筆者はその一員として編集に関わった。翌2022年,こちらは個人的なことになるが,『現代日本図書館年表:1945-2020』(日本図書館協会)を発行した。同書は収録範囲を,1945年まで遡っているが,125年史の「年表」を基軸としていて,その副産物というべきか。この間の約5年,その強弱はあるにせよ図書館の現代はどう表現されるべきかについて,考えを巡らせてもいた。筆者は,その前の百年史『近代日本図書館の歩み』(1992-93)の編集にも携わったことがあり,その意味では課題を持ち越していたとも言える。 そこで,この機会に図書館の現代史についての課題を整理してみたい。具体的には,上記の著作を出発点にして,現代の研究動向を見ていくことになるが,主に図書館が発行する図書館史(「館史」などとも言う)が対象になる。その際に,かつて「必ずしも図書館員が歴史研究の課題を共有するまでには至っていない」(『現代の図書館』48巻,2号,2010.6)と述べた責任上,『徳島県立図書館百年史』(2018)「第1部 通史編」(鞆谷純一氏執筆)に言及しないわけにはいかない。というよりもむしろ,同書がめざしたものを明らかにすることによって,現代をどう表現したらよいかについての展望が開けるのではないかと考えている。 | |
■発表4 | 東條文規 |
「図書館事業基本法(案)と学術情報システム」 | |
1980年〜1990年代は,戦後の図書館が最も発展かつ変化した時期だ,と言える。1990年にバブルは破裂するが,日本経済は世紀末まではまだ持ちこたえていた。拙著『図書館にドン・キホーテがいた頃』は,この時期を対象にしている。 なかでも同じ1980年に浮上した図書館事業基本法(案)と学術情報システム構想とはどのようなものだったのか。なぜ,この時期に国や経済界が図書館に目を向けたのか。なぜ,前者は破綻し,後者は成功したのか。 図書館の世界では大事業ともいえるこの二つの構想は,別々に突如として浮上してきたものではなく,それぞれの背景があり,前者の「失敗」と後者の「成功」もある程度は,説明できるように思う。 40年も経てば「歴史」として扱われ,いろんな解釈や評価の対象になるし,現在と未来の図書館活動の教訓になるかも知れない。そのためには出来るだけ多くの事実を提出し,その上で基本的なところで事実に基づいた共通の了解事項が造られていくのが歴史認識の方法であると思う。今回の発表はこの二つの構想について,拙著には記さなかったエピソード的な「事実」にも触れながら,みなさんと一緒に考えてみたいと思う。 |